アジア失明予防の会

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●  APBA JAPAN:ハノイの赤ひげをたずねて

「ハノイの赤ひげをたずねて」 町田病院 奥村直毅

「ハノイの赤ひげ」として知られる服部匡志先生をたずね、ベトナムを訪れました。事前に想像していたこととはいえ、先生の活動の広さとベトナムの人々からの信頼の厚さに驚きました。これだけの活動を一人の行動としてなし得たことに畏敬の念を抱くとともに、是非日本の皆様方に報告させていただきたいと思います。

私の滞在中だけでも訪れた病院は、首都ハノイでは国立眼科病院、ハノイアイセンター、テレコム病院、フレンドシップ病院、さらに地方都市のフエとビンフックの病院と数多くです。国立眼科病院では、内視鏡を用いた硝子体手術と超音波白内障手術を中心に活動されていました。私はコンタクトレンズを用いたコンベンショナルな硝子体手術を見慣れていたために、最初は戸惑いを感じました。日本では当たり前のようになっている助手用の側視鏡や顕微鏡の映像をモニターに映す装備もなく、また顕微鏡のフットスイッチでの操作があやしい環境で、ベトナム人スタッフらに手術教育を行わなければならないという事情を考えると、内視鏡での手術の利点が見えてきました。勿論、内視鏡での硝子体手術自体の利点も感じましたし、内視鏡手術についても多くの知見を教えてもらい非常に良い勉強になりました。

そもそも本格的な硝子体手術がほとんど行われていないこの地で、服部先生が来られる前にどれだけ多くの患者さんが無念の失明を余儀なくされたのかは想像に難くありません。3年半もの間、ベトナムで活動を続けられている理由の源がここにもあるように思われました。現在では、それほど複雑ではない硝子体手術は、先生が指導されたベトナム人医師が行い、難症例を中心にご自身が手術を行っています。ベトナムという国を対象とした硝子体手術の立ち上げをされているようでした。今後、服部門下生がベトナムの網膜硝子体治療を担っていくことは間違いないようです。

ベトナムの人々の服部先生への信頼は絶大です。毎朝、多くのベトナム人医師が我先にと患者さんを連れてきて診療と手術を依頼します。診察室は大混雑です。診察を終えると足早に手術室に向かいます。手術室では少しのんびりとした周囲をよそ目に、先生は手術器具の準備から、器械のセッティング、消毒、麻酔、さらには使用済み器具の洗浄まで積極的にしておられます。ご自分で動いて、日本流の立ち回りを伝えているようにも思えました。その中で毎日7-8人の重症の網膜硝子体疾患の患者さんの手術を行います。噂には聞いていましたが、パーフルオカーボンといった高価なものを支払えない患者さんの代わりに自分で負担されているのを目撃しました。手術室での指導には、服部流が随所に感じられました。例えば手術器具の扱いは残念なことに日本人のように丁寧なものではありません。そこで適切な取り扱いを指導するだけでなく、率先して手術器具の洗浄から片づけまで黙々とします。背中で教えているようでした。指導というより、むしろ現場に飛び込んで行って「泥んこになって」活動している先生のスタイルが良く出ていました。

平日は国立眼科病院で一日中手術をした後に、夕方はその他の病院での診察や手術に出かけています。先生の携帯電話や、先生に親しいベトナム人医師に診察や手術の依頼が殺到するので、毎日いろいろな病院を回ります。日本から偉い先生が指導に来たというスタンスでなく、ベトナムに溶け込んで活動していることを強く感じました。

さらに週末は地方の都市の病院からの依頼で、無償のボランティアでの白内障手術のために出かけます。私の滞在中には、古都フエとビンフックという都市で白内障手術を行いました。もうすでに何度も行っているプロジェクトだそうですが、眼内レンズや手術器具を持ち込み、恵まれない方々を中心に手術を行います。活動に協力してくれるベトナム人の医師や、ボランティアで通訳をしてくれる方とともに、地方の都市を巡回します。どこの場所でもだいたい数十人の患者さん達が手術を待ちかねています。さらに、休日返上で近隣の病院の医師も手術の勉強や、お手伝いのために掛けつけます。私も白内障手術を行いましたが、皆真剣な眼差しでとても緊張しました。ともすれば英語すら通じなくなる手術室で汗まみれになりながらの手術でした。どの先生もベトナムの眼科医療を発展させて患者さんを治したいという意思が強く伝わってきて、身を引き締められました。

ベトナムには「英雄お母さん」とよばれる老人がいます。ベトナム戦争でご主人、息子さんなどをなくした女性のことを指す言葉だそうです。ビンフックで、白内障によりほぼ失明していた「英雄お母さん」の手術を見ました。一人でベトナムに行き、もしかすると一生失明していたかもしれない老人の治療を行っている服部先生を見て、そしてその老人のことに思いを馳せ私は涙を流しました。

服部先生は現在ベトナムのハノイを中心に、多くの地方都市で手術を行っています。さらにタイを始めとした周辺の国々にも出かけられています。活動は幅広く、地域の医師、看護師と信じられないほどに良い関係をもたれています。日本政府の関係者やベトナム在住の日本人の間でも非常に高名です。一方で、日本からの支援は限られている現状も垣間見てしまいました。

バイクのクラクションと土埃の匂いのする町を、バイクで掛けぬけて、忙しく働く日々でしたが、日常では得られぬ充足感が得られました。先進国にのみ向いていた視野が、今、少し広がりました。日本で、最新の治療法について学ぶ一方で、アジアに向けて私たちは何をするべきかを考える旅となりました。

手術を待っている患者さんとその家族(フエ)
手術を待っている患者さんとその家族(フエ)
手術前の診察風景、ベトナム人医師が通訳
手術前の診察風景、ベトナム人医師が通訳
たくさんのベトナム人医師が手術を見学
たくさんのベトナム人医師が手術を見学
手術の合間にベトナム人医師らとディスカッション
手術の合間にベトナム人医師らとディスカッション
手術後ビンフックの病院長より花束贈呈ン
手術後ビンフックの病院長より花束贈呈
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